19世紀の終わり、オーストリア出身のユダヤ人神経学者であるジークムント・フロイトによって創始された「精神分析」は、患者と治療者の語らいによって症状の改善を図る初めての近代的な治療技法として生み出されました。
「精神分析」を創始したフロイトの発見において、もっとも重要なものが、「無意識」というもののはたらきです。我々人間が予想以上に、「自分のことをよくわかっていない」ということ、その「わかっていない部分」が我々の日常に大きな影響を及ぼしているということを明らかにしました。
日常生活の例を考えてみます。例えば、カフェでメニューを決める際にいくつかの選択肢で迷うことがあるはずです。「カフェオレにするか、カプチーノにするか、エスプレッソにするか」私達はその選択肢を比較してあれこれ考えて1つに絞り込みます。しかし、そもそもそれらの選択肢はどこから出てきたのでしょうか。実はそれらは、メニューを見たとき「いきなりポンと出てきた」のです。「それらが元々好きだから」と言った理由はあるかもしれませんが、それはあくまで意識に出てきてから考えられていることなのです。私達はその考えの出てくるところを確認できません。しかし、出てきたことに対してうろたえることもありません。意識に出てきたものを迎え入れることが自然とできています。私達は能動的に考え、行動しているという感覚を強く抱いていますが、それは意識に出てきた素材を能動的に扱っていると感じているに過ぎません。私達の意識というものは、無意識があげてきたものだけを取り扱っているという点では、実際にはとても受動的なものです。そして、意識がなければ人は考えられませんし、無意識が送り込んでくるものが主観的な世界を規定しているとも言えます。このように、意識と無意識によって成り立つ私達の心には、実際には「中心」がありません。このこと哲学では「主体の脱中心化」と言い、私達の心が実は絶えず切れ切れであることを示唆しています。
私達は自分を100%コントロールできていませんが、それを気にせずに過ごすこともできます。しかし、不安や怒り、傷つき、罪悪感といったコントロールできない心の動きによって苦しみ日常生活に支障をきたす場合もあります。それが心の病です。
精神分析はこの発見を、実践の中でつかみ、実践の中で理論構築していきました。無意識領域のもつ様々なダイナミクスについて理論を構築していったこの営みは120年以上にわたって現在も世界中で続けられています。
【参考資料】
藤山直樹(2008) 集中講義・精神分析(上)―精神分析とは何か/フロイトの仕事―