精神分析の発見

 19世紀の終わり、オーストリア出身のユダヤ人神経学者であるジークムント・フロイトによって創始された「精神分析」は、患者と治療者の語らいによって症状の改善を図る初めての近代的な治療技法として生み出されました。
 「精神分析」を創始したフロイトの発見において、もっとも重要なものが、「無意識」というもののはたらきです。我々人間が予想以上に、「自分のことをよくわかっていない」ということ、その「わかっていない部分」が我々の日常に大きな影響を及ぼしているということを明らかにしました。
 この無意識と意識の関係について、日常生活の例を挙げて、わかりやすく単純化してご説明します。中学生の男子が特定の女の子にばかりちょっかいをかけるということがあったとします。周囲から見れば明らかに好意を抱いているように見えますが、当の本人はそのような周囲からの指摘に対して、否定し、場合によっては憤慨します。ここには葛藤があります。男子の無意識には「その女の子と仲良くしたい」という願望がありますが、しかし、その願望はそのまま意識にはのぼりません。それは意識にのぼる際にはある種の「検閲」があり、「検閲」を通過できるように形を変えて通過する必要があるからです。この男子の場合、女の子に対しての好意は、自分が下手にでることを意味したり、媚びたり、相手に主導権を握られていることを意味したり、周囲からからかわれることを意味したりすることも含んでいるので、「検閲」を通過する際には、好意を逆の性質の気持ちに変形させる必要がありました。こうして彼は自分の奥底にある好意に気づかず、本当は望まない結果をつかむことになってしまいます。このような変形は強まるときもあれば、弱いときもあり、ときにぽろっと本音が飛び出ることもあります。このような動きを私達は本来意識することはできません。そのために私達の意識というものは、ある意味で無意識があげてきたものだけを取り扱っているという点では、とても受動的なものです。そして、意識がなければ人は考えられませんし、一方で、無意識が送り込んでくるものが主観的な世界を規定しているとも言えます。このように、意識と無意識によって成り立つ私達の心には、実際には「中心」がありません。このこと哲学では「主体の脱中心化」と言い、私達の心が実は絶えず切れ切れであることを示唆しています。
 私達は自分を100%コントロールできていませんが、それを気にせずに過ごすこともできます。しかし、不安や怒り、傷つき、罪悪感といったコントロールできない心の動きによって苦しみ日常生活に支障をきたす場合もあります。それが心の病です。
 精神分析はこの発見を、実践の中でつかみ、実践の中で理論構築していきました。無意識領域のもつ様々なダイナミクスについて理論を構築していったこの営みは120年以上にわたって現在も世界中で続けられています。

【参考資料】
 藤山直樹(2008) 集中講義・精神分析(上)―精神分析とは何か/フロイトの仕事―

この記事を書いた人

資格:臨床心理士・公認心理心理師
所属:日本臨床心理士会、日本精神分析学会、日本心理臨床学会
経歴:精神科クリニックで、10年以上にわたって心理療法を実践。同時に、小児医療センターや児童養護施設、自治体の発達相談センター、またスクールカウンセラーとして臨床心理業務に携わってきた。

目次